2026/5/13

中村哲さんの偉業

↑糸のような綿のような不思議な花。
 
 
薦められて、山岡淳一郎著:『炎と水 中村哲と名もなき人たちの旅』を読みました。
 
30年にわたり、アフガニスタンに腰を据えて、医療活動、灌漑事業を行った中村哲さんと、その仲間たちのルポルタージュです。
 
中村哲さんは、ハンセン病治療のためにパキスタンへ行き、診療所を中心に、僻地へも足を運び、病人の治療にあたります。
 
その後、アフガニスタンの山岳地帯にも診療所を建て、僻地で医療活動を続けます。
あるとき、内戦の合間をかいくぐって診療所に行くと、赤痢が蔓延しており、多くのこどもたちが命を落とします。
地球温暖化の影響で、山岳地帯の氷河や雪が減ってしまい、井戸が枯れてしまったのです。
飲み水もない中、水たまりの泥水をこどもたちが奪い合うように飲んでいるというありさま。
 
生きていくためには、まずは水が必要ということで、哲さんは、アフガニスタンの村人たちと日本人ワーカーと共に井戸を掘り始めます。
その数1000本以上。
 
それにより多くの人の命が救われました。
けれど、容赦なく温暖化は進み、その井戸さえも枯れてしまいます。
 
そこで、哲さんは山奥の河から、何百キロもの灌漑用の水路を作るという計画をたてます。
誰もが無謀と思ったその事業により、今では山手線内の面積の約4倍という広さの土地が、砂漠から緑野に変わっているのです。
緑野に変われば、米や野菜を育てることができます。
 
灌漑事業が達成するまでは、難航を極め、この間に9・11同時多発テロがあり、「対テロ戦争」が始まり、ただでさえ内戦で混乱していたアフガニスタンの情勢は、アメリカ軍の攻撃により、さらに泥沼化していきます。
 
哲さんは、アフガニスタンの人々が自分たちで水路を作るということにこだわりました。
アフガニスタンの人たちが、技術を身につけて、今後も作り続けられるように、そして修繕できるように。
 
哲さんは、2019年、12月4日、凶弾に倒れ亡くなります。
享年73歳。
 
中村哲さんのことは知っていましたが、今回、彼の生い立ちからパキスタン・アフガニスタンの日々、そして彼と共に働いた多くの日本人ワーカーや看護師たちのことをこの本で知りました。
 
哲さんや彼らのことを日本人として誇りに思います。
真に他国の人々を助けるとはどういうことかを考えさせられます。
多くの人に手に取っていただきたい本です。